ホーム > グループ情報誌「Link」 > 対談 > 吉岡 幸雄氏 × 石黒 和義 自然への畏敬を染め抜いて


(左)染織史家 吉岡幸雄氏
京都の染屋、「染司よしおか」五代目当主の吉岡幸雄氏は、植物染めを究めながら、日本古来の色を生む知と技とを今に伝える、色の旅人である。
「正統なる異端」とも評される吉岡氏を、京都・伏見を流れる宇治川のほとり、水清き地にある工房に訪ねた。
吉岡 : 今日締めておられるのは、私どもの貝紫のネクタイですね。
石黒 : さっそく、見つけられてしまいましたか(笑)。新門前の店にお聞きして、吉岡さんらしい色ということでこれにしました。何ともいえない上品な趣のある色ですね。
吉岡 : 貝紫というのは、私の父が復活させました。染色の歴史を学んで、大昔のヨーロッパに貝で染める紫があったと知り、研究を始めたようです。文献を調べるだけでは飽き足らず、簡単に海外へ行けない時代にナポリへ行って貝を採り、染めてみたらちゃんと染まったんですね。そこでもう取り憑かれて世界を歩き回り、亡くなるまで約80カ国、貝紫を求めて旅を続けました。中東の貝塚を訪ねたり、遠く南米のペルーへ行ったり。メキシコでは現在も貝染があると聞きつけて、辺鄙な砂漠にまで行っています。
石黒 : まさに、飽くなき探究心ですね。そのお父上をモデルに、作家の芝木好子さんが書かれた『貝紫幻想』(河出書房新社)を読みましたが、一途に思いつめる染物師の雰囲気を感じ取りました。
吉岡 : 芝木さんはここにもよく見えて、たしかメキシコにも一緒に行かれたと思います。
石黒 : そうですか。『貝紫幻想』の主人公はメキシコで消えるようにいなくなりますが、それで納得がいきます。
吉岡 : 製法はといいますと、アカニシという系統の貝に、パープル腺という対敵を痺れさせる液を出すところがありまして、その液で染めて、太陽光を当てると紫が浮き出してくるんです。犬がその貝を食べて、口の周りが紫になったことから、わかったという伝説もありますよ。
石黒 : それにしても「帝王紫」とは、よくぞ名づけたものです。アレキサンダー大王、シーザー、そしてクレオパトラが好んだ色、さらにはビザンチン帝国の崩壊とともに消えた色となると、たしかにロマンを駆り立てられますね。
吉岡 : 洋の東西を問わず、紫は高貴な色といわれます。中国、日本の紫は紫草の根で染めます。中国の都が内陸にあった影響でしょう。いずれにしても不思議な色で、染めるのも難しいですよ。